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もういっこのふるさと。長野県へ行ってきた。
nagano

先月末に、長野県へ行ってきました。
立ち寄ったのは長野市,中野市,飯山市,木島平村。
いずれも僕が10〜20歳の間に生活していた範囲。

親に連れられ大阪から引っ越した先ののどかな田舎。
今回は初めて、13年ぶりに自分ひとりで「もうひとつのふるさと」に戻ってきました。
電車では何度か戻ってたけど…車で行くと、さすがに遠い!

去年末からいろいろ大変なこともあったけれども
そのへんで鬱積した肩の荷を、全部帳消しにできるほどリフレッシュできました!



かつて一緒に電車通学してた友達が、今では立派に一家の主になっていたり。
新作ゲームが発売されるたびにハイスコアを競ってた友達がちょっとしたアマチュアなハスラーになっていたり。 
スキー部でエースだった友達が親のペンションを継ぐことになっていたり。

13年も経っていたから当たり前。皆それぞれ大人になって成長してた。
自分自身も、思い入れの深い場所を巡るたびに
「こんなに小さい世界だったっけ?」
と感じるということは、多少は成長できてるんやろう。

でも、同級生の何人かは、目もあわせてくれなかった。
明らかに本人なのに、人違いですとか言われてショック受けたりもした。
でも、それは仕方ない。中学のとき受けたいじめの仕返しに
結構ひどいことしたこともあったし。そんな負の連鎖の中に居た同級生のあいつらに
今になって全部水に流してもらおうなんて、都合のいい話やもんね。

別に誰も、性根がひねくれた人は居なかった。
傷付けられたり怖れたり…って、こっちが相手に心を開かなかったら
向こうもこちらを受け入れることはできない。


感じたこと。考えたこと。

あの頃、ある意味で父親が世界の中心だったと思う。
父が語る世の中の摂理が真理で、父が持つ思想が正義だった。
”呪縛に縛られていた”とは言わないけど
その囲いの中にいた自分は本当に何も見えてなかったなぁって再確認した。

父親を否定するわけじゃない。
ただ、そういう考え方で世の中を見る人も居るんや、って感じた。
んで、独特な考え方の人間が、たまたま自分の父親だった。

自分が全て悟ったわけじゃない。
でも「世の中は腐ってる!」って声をあげて、拳を振り上げるよりも
今ここで手を繋いでる誰かの笑顔を紡ぐことが大事なときもある。
たとえ、その他大勢のヒト達に伝わらなくてもいい。
たとえ、身を置く環境が望み通りじゃなくてもいい。
自分はこうだと主張して、話を聞かせるよりも
一番近くに居る誰かの、一番小さい声を聴けるように生きていきたい。
author:nebota, category:散歩・探検, 12:57
comments(3), -, pookmark
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Comment
なんと!
もいっこのふるさとへ行ってきたのね
頭の中で思うのと
実際行くのでは大きな違いがあるでしょう
今だから分かること、感じることも。
そっかー
親は親だよね
君は、そう自分らしく、生きてください
緑が豊かな
も一個のふるさとがあってよかったね☆
ansan, 2011/06/17 4:09 PM
10歳〜20歳までを過ごしたからね。
そりゃもう。むしろあっちがメインの故郷みたいに感じてもおかしくなかったり。

深い緑とかきれいな空気も懐かしかったけれど
一番嬉しかったのは旧友と再会できたことやわ。
大事な授かりモノやから、これからも大切にしていきます!
nebota → ansan, 2011/06/19 7:49 PM
そうですか。長野に帰省(?)しましたか。

わたしは、貴殿とは直接の面識はありません。
木島平の宿にも伺ったことはありません。
ただ、親父さんと母上には大阪で数年の付き合いをさせてもらいました。

山荘の火事跡には、父上のブログを読んで足を運びました。
そのときはジャズのLPジャケットが何枚か、無残にも地面に投げ出されたままでした。
たぶん、まだ、あなたが生まれるずいぶん前、大阪の千日前か北新地の店で、わたしが直に手に取って、ターンテーブルに載せた一枚かもかもしれません。
そう思うと、感慨深いものがありました。

お母さんの影響で、今もエリック・ドルフィは大好きなミュージシャンの一人です。
そのうち、大阪に行くことがあれば、
「あんさん」のケーキを、ぜひとも食べたいと思っています。

taka, 2012/12/03 1:19 AM